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私の学びの物語 - Lucia's Journey

Luciaは看護師として働く女性です。イタリアレッジョエミリアの街で暮らし、コミュニティの仲間、そして何よりも家族との時間を大切にしながら、未来を担う子どもたちのために、学び続ける母親でもあります。

私について

私は看護師をしています。私は小さい頃からずっと看護師になりたかったので、学生時代は常にその夢を実現するため行動してきました。以前、母親には「きっとキャンディ・キャンディばかり読んでたからね」と言われましたが、もしかしたら、本当にそうかも知れません。
看護師という職業は、私の天職だと思っています。昔から私は、人の助けになることで、心が豊かになり、穏やかな人生を過ごる、いつもそう感じてきました。小学生の頃、同じクラスに、シルビアという障害を持つ女の子がいました、私は彼女に何か光るものを感じていて、彼女の生活の手伝いをするのが大好きでした。彼女もそんな私といるのが好きだったそうです。

「人を助ける」ことは、必ずしも「命を救う」ということではないと思います。人をなぐさめること、自分が笑顔でいること、ただ、その人のそばにいること。または、人生を共有したり、人生の終わりに寄り添うこと、病気の人を精神的に支えになること等も含まれるのではないでしょうか。人を助けるというのは、物理的、心理的な行為でもあり、文化的な営みでもあります。誰かを信じたり、自分の意志を強く持つこと。大きな意味で信仰心を持つということでもあると思います。そのため、助ける側は、共感する力と、話を聴こうとする姿勢を持つことが必要です。とても大変ですが、病気をもっていた人は回復し、看護師も同時に専門性が向上していく。これは相互的な関係性なのです。

私にとって学びとは

看護師になるために通った大学では、3年間技術や理論に関して多くのことを学びました。長期のインターンシップ中は恐怖心に何度も負けそうになりました。最初は血液を見ただけで貧血を起こしていたので、これで看護師になれるのかと不安だったことを覚えています。ですが、時間をかけ現場で経験を積み仕事に慣れていくにつれ不安も消えていきました。こうして私は大学を卒業し看護科学の博士号を取得、実際に看護師として働き始めました。しかし振り返ると本当の学びはここからだったように思います。

実際の仕事は本に書いていないことの連続です。誰も教えてくれない、ですから自分で学ぶしかありません。もちろん困った時には自分の経験を踏まえてアドバイスをくれる教授もいますが、それでも最後は自分で考えないといけません。なぜならもしあなたが服を仕立ててもらっても、しっくりくるかどうかは、自分にしか分かりませんよね。しっくりくるか、こないか。どうやってわかるの?と思う人もいるかもしれませんが、それは自分の周りの人、私の場合は、同僚の看護師や患者の人たちと関係を築いていくことで、次第に「自分が何をすべきか」を理解し、本には書いていない自分だけの知識が形成されてきたように思います。私が実際に経験したことを例にお話してみます。

最初の10年間、私の患者は高齢者でした。長い人生を歩んできた人たちで、回復する人もいれば、そうでない人もいます。彼らにはそれぞれ、自分なりの健康のかたちがあり、人生の最後の時間を過ごしていました。そんな彼らのサポートができたことは、私にとって大きな財産となっています。次の職場は小児科でした。看護師が足りないという理由で異動したのですが、私はここで毎日のように、なぜ?と考えずにはいられなくなってしまったのです。
「なぜ私はこの仕事をしてるのか?」「なぜ、こんなに苦まなければいけない子どもたちがいるのか?」「神様はなぜこの子たちを病気にしたのか?」答えはない感情や状況にどのように向き合えば良いのかしばらくは分かりませんでした。どんな偉い教授に聞いてもそこに正解はない。沢山泣き、絶望し、これまで築いてきた看護師としての自分のアイデンティティさえもどこかにいってしまいそうでした。

「強い看護師、ルチア」はどこにいってしまったのか…。そんな時、私の支えになってくれたのが家族です。家族のおかげで、私は目の前の経験に向き合い、プロとしての姿勢、そして強さを成長させることができました。

私の隣には、いつも夫がいます。私を支え、安らぎを与えてくれます。そして、娘のノエミ。昔はいつも私の助けを求めていた彼女ですが、とにかく元気で健康なのです。ノエミがいることで、家の雰囲気が明るくなり、私たち家族はいつも幸せに包まれてます。不幸な境遇にいる子どもたちや、その家族と向き合うことができるのは、彼女の存在があるからです。

小児科で働き始めて8年。学んだことも多いですが、まだまだ学ぶことは沢山あります。今まで出会ってきた子どもたちには、本当に感謝しています。こうやって看護師としての道を進んでこられたのは、彼らのおかげです。子どもたちからは学んでばかりいます。彼らは、病気でどんな困難な状況に置かれていても、苦しい状況を「生きたい」という強い意志に変えていくのです。生きていることに感謝をしていますし、命をとても大切にしています。そんな美しさはどんなに素晴らしい教授にも教えられないことなのでははないでしょうか。

私が学び続ける目的

誰しも「学び続けたい」という気持ちを失ったのなら、きっと前進することはできなくなるでしょう。特に医療の分野では、常に新しい技術や機器や装置が生まれており、私たちは時代に対応しながら、常に最先端の治療方法を提供することが求められます。今、私は働きながら、医療訓練と心理学の勉強を始めました。病気になった子どもたちやその家族へのアプローチ方法を知りたかったから、そして私自身への自尊心も再構築したいという思いがありました。時折、恐怖に駆られたり、自分の無能さを嘆いてしまう自分を変えたいと思っています。さらに今年は小児緩和ケアに関する大学のマスターコースへも申込みました。もう40代ですが、大学一年生と名乗れるのは良い気分です。映画や美術も学生料金で楽しみながら学生である人生の時間を謳歌しています。

全ての仲間たちへ

研修中や仕事を通して私が学んだこと。それは、学ぶためには、自分の傲慢さや、何でも知っているという思い込みを捨てなければいけない、ということです。謙虚さを忘れず、自分の五感と心を研ぎ澄ませ「聴く」こと。そうすると沢山のことを学べますし、学んだことを人に与えられるようにもなります。「じゃあ、誰から学べばいいの?」ということになりますが、もちろん先生や、偉大なマエストロから学ぶこともできます。でも、それだけとは限りません。時には、親にぎゅっと抱きしめられる時間、まだ話せない赤ちゃんの眼差し、思いがけない「ありがとう」の言葉など――これらは、時にはどんな先生たちの教えより、大きな意味を持つのではないでしょうか。

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