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私の学びの物語 Marianne's Journey

フィンランドを中心に活躍するMarianneはヘルシンキ市のネイチャーインストラクターとして働き、現在はEnvironmental Education Designerとして自然環境を学ぶための新しい環境プログラム開発事業をスタートさせた子育て中の女性です。

私について

私はヘルシンキ大学で環境学を学び、2017年に修士号を取得しました。専攻はEnvironmental protection scienceで、自然科学と社会科学の組み合わせから成る分野で、化学、生物学、物理学、政治、経済、人類学を研究しています。ここで学ぶ人たちはこの非常に専門的な分野のジェネラリストです。

この分野の目標は、自然環境に関わる全てのことについて、少しずつ理解をすることです。ここでは多くの専門家の知見をつなぎ合わせながら、環境問題の複雑さを理解しようとします。大学の他の専攻と比較して、自分でコースを選択することができるという自由もあり、(必須のコースがいくつかあり、残りは好きなように選択できます)ですから卒業するときは学生1人1人皆違い、誰もが自分の興味に応じ異なる進路に向かっていきます。

私はここでさまざまな科目を研究しましたが、まず植物生物学と教育学から学びはじめました。なぜなら一番好きな分野であったこと、そして環境教育に特化していたことがその理由です。そして私は今、子どもから大人までを対象に「自然がどのように機能し、どのように環境にやさしく生きられるか」について教える仕事をしています。

私はこれまで、ネイチャースクールで、ネイチャーガイド、自然史博物館のガイド、学校で環境をテーマにしたレッスンを行う環境大使、学習教材作家、ネイチャークラブインストラクターとして働いてきました。今私はEnvironmental Education Designerとして教育輸出会社で働いています。ちょうど今は中国人の親と教育者のためにさまざまな環境教育トレーニングを設計しています。私は働きながら自分の持つ自然環境に関する知識を生かすことが本当に重要だと気づきました。気候変動など、世界最大の問題を解決するには、それらすべてについて人間が理解する必要がありますが、その上で教育は私たちが抱えるあらゆる問題に対する最善の解決策であると私は信じています。これは時間のかかかる解決策ですが、最も効果があるのです。

フィンランドの社会について

私がどのように、そしてなぜ私がここにたどり着いたのかを話す前に、フィンランド社会と私たちの生活と教育についての考え方を少しお話ししたいと思います。

フィンランドで最も重要とされていることは「幸せであること」です。誰もが「幸福とは何か」を考えます。一部の人にとっては、よい教育で、他の人にとっては仕事。幸せは家族から生まれると信じている人もいれば、お金こそが幸せを与えると考える人もいます。誰もが自分の考え方を持っているため、それぞれの考え方が尊重されています。一部の人にはそうでも、他の人にはそうではないというように、誰もが異なっており、それも問題ありません。例えば誰かが政治に関わることから幸福を見つけた場合にも尊重されますし、ウェイトレスとして働くことに幸せを見つけた場合も尊重されます。​

この国が誰にとっても平等であることの良い例の一つを紹介します。私たちは大統領が公園で犬と歩いているのをよく見かけます。そして立ち止まって「こんにちは」と挨拶したりします。冬に公園で市民とホッケーをするのを見たり、時には同じゲームに参加するのです。私たちの大統領ですが、ごく普通の人です。​この国では "誰もが平等に好きなことをする権利"があり、それを感じることができます。そして少なくとも私は皆を尊重できるよう振舞っています。

けれど、あなたが何をするか、どのように生きるかは自由、それはあなたの人生ですが、あなたに誰かが与えたものを社会に還元し、他の誰かを助ける、誰かの成長をサポートする責任があります。自分の人生の中で国が自分自身にが与えてくれたものを社会に還元し、他の誰かの成長を助けることも重要なことなのです。

数百年前、フィンランドは私たちはソビエト連邦から解放されたばかりで政治的にもうまくはいっていませんでした。そして第二次世界大戦は、そんなフィンランドが「私たちの幸せを目指そう」と動き始めた直後に起りました。そうした時代背景の中で政治家たちは、教育には国を幸福にする可能性があることに気づきました。それは単なる教育ではなく、平等な教育です。誰でも自由に学校に行くことができ、誰でも大学に行くことができる権利。最高の教育を受けるために金持ちである必要はありません。こうして、人々は自分の道を自由に進むことができるようになったのです。

私の人生と学びの物語

私は非常に貧しい家庭で育ちました。幼少期を最も貧しい地域のさまざまな場所で過ごしました。私の家族には、財力も、夏のコテージも、社会との交流も無く、さらには高等教育を受けるという選択肢もありませんでした。私の家族は誰も大学で学んだことがなかったのです。今多くの研究が、教育と財力は遺伝するものだと示していますがここフィンランドでもそれは同じです。だからこそ無料の教育が実現されていますが、異なる社会階級から別の階級に昇格することはやはり非常に困難なことです。フィンランドには社会的階級はないようにも見えますが、実際にはすべての社会と同じように社会階級は存在します。

もしあなたの家族が高度な教育を受けられている場合、普通はより多くのお金を持っている場合が多いでしょう。あなたがもしたくさんのお金を持っていたら、常に仕事で疲れ続けてていることも無く、仕事以外のことをする時間や余裕もあるかもしれません。子どもたちはより多くの趣味を持つことができ、必要に応じてもっと大きな世界の中で助けを得ることもできるでしょう。でも私の家はそうしたものを何一つ持ってはいませんでした。

でもどうやって私は苦しい社会階級から抜け出すことに成功したのか、ヒントは私の成長過程の中にあると思います。私は幼少期から「自分は在りたいと願う自分に必ずなることができる」信じていました。こうした考えが私の心の中には詰まっていたのです。

私の周りの人たちはそんなことを信じてはおらず、なぜ彼らがそう思えないのか私は不思議に思い、理解できませんでした。でも私の母がこのような考え方を私に与えてくれていたことはとても良かったと思います。母がなぜそう考えていたのか、尋ねたことはありません。ですがそれはきっと真実なのです。

そうして私は「何にでもなれる」という思いを持ち続けながら、学生時代を過ごしていきました。私はまだ学校に行った最初の日のことを覚えています。私は父に「私は必ず高校に行く」と言ったのです。この時点で私はすでに多くのことを学びたいと思っていたのでしょう。私は9年間の基礎教育を受け、学校を卒業し、高校に行きました。しかし、高校卒業後、私は一瞬、学び続けることへの動機を失いました。

私はまるで迷子のようになり、何をすべきか分からなくなりました。そうして私はパン屋で数年働き、その時は「もう学校には行かない」と考えていました。私は残りの人生を、一生パン屋で働いていくということにも満足していました。

しかし、ある時私の中の何かが変わったのか、私はその状況に幸せを感じなくなりました。そしてある日、私の人生が変わりました。その日の朝は、いつもの一日が始まるものだと感じていましたが、この日の夜には、大学の入学試験のための最初の本を注文することになるとは思ってもいませんでした。

その日はそれまで仕事をしてきた中で最悪の1日でした。全てが上手くいかなかったのです。機械は動かず、小麦粉の注文を間違え、パンが焦げ、同僚が私に怒鳴ったのです。それでもう十分でした。そしてついに私は怒りました。それはパン屋や同僚にではなく、自分自身に。

私はその時、自分の人生や自分のしたことに満足していなかったということに気づきました。私は「自分が望むものなら何でもできる」といつも信じていたはずなのにいったいなぜ私はここにいるのか!と。

パン屋として働くことは良いものですが、それは「私の仕事」ではありませんでした。思えば私はいつも自然を愛し、子どもの頃に自然の中で多くの時間を過ごしました。自然に関係することを「私の仕事」にしないのはなぜか。私にとって自分の好きなものを仕事にするという発想を今までしたことがありませんでした。"仕事"を楽しむことができたならと.....。
私の家族は誰も自分の仕事を楽しんではいませんでした。仕事はお金を得るためだけのものだったのです。

その日、私は家に帰り、フィンランドで受けることが可能な自然に関する最良の教育を受けようと決めました。ヘルシンキ大学のウェブページにアクセスし、専攻と入学に必要なものを調べ、私は自分の望む専攻を見つけました。そこには生物学と化学の試験が必要とありました。それは、私がいつも愛し、得意だった唯一の科目です。私は全く宗教的な人間ではありませんが、その瞬間にまるで天使が歌うのを聞いたかのような感覚になりました。私はすぐに本を注文して、試験勉強を始めました。それは試験の9か月前でした。私は働きながら、毎日3時間勉強しました。その時から、私の人生は少しずつ上手くいきはじました。試験の1か月半前、私は休暇を取って毎日12時間勉強しました。休みはありません。私はどうしても大学で学びたかったので、やる気だけは十分にありました。大学で一般向けに行われていた生物学と化学のコースも受講し、私はこの大学に入ろうと決心しました。

試験の日、全て上手くいったとは思いましたが、それでも私はとても緊張していました。できる限りのことをしましたが本当に怖かったのです。結果が出た日のことは今でも覚えています。通知の手紙を開いたとき、立っていた場所も、天気がどうだったかも覚えています。その瞬間は私の記憶の中にしっかりと残っています。ついに 私は自分の家から大学に行く最初の人間になりました。その時、私は自分がやりたいことは本当に何でもできるということに気づいたのです。母がいつも言っていたことは本当だった........と。学ぶことで何でも達成できたのです。この瞬間は長い間私の人生で最高の時でした。 (今は息子の出産が追い抜いたので、1位をから2位に落ちました) 

学ぶという中には、あなたがなりたいものになれるようにする可能性が秘められています。それはあなたが自分の夢を追う可能性を与えます。そして、あなたが自分を信じているなら、何でも可能なのです。

私にとって "学び " とは

学びとは私にとってすべてを意味します。学びは「自由」を意味するのだと。自分がなりたいものになる可能性を与える最も重要な手段なのです。もしあなたが何かを信じているならば、それは達成可能なことなのです。これはよく言われる決まり文句のようにも聞こえますが、本当のことなのです。もちろん、あなたが自分自身を信じておらず、過小評価してしまう瞬間も時にはあるかもしれません。私が信じていることは決して起こらないだろう......と。そうすると気力を失って、憤りを感じることもあるでしょう。

しかしそれもまた正常なことだと私は思います。誰もがそんな不安の感情を持っていると思います。そして、時々は諦めそうになる瞬間がある、でも大丈夫なのです。きっとこれまで夢を実現しようとした人たちも簡単にいかなかったはずだと思います。でも彼らは、すべてを失い、疲れて切ってしまっても、自分の中の何かがもう一度、挑戦させようとしたのではないかと思うのです。

学び続ける、創造しつづける全ての仲間たちへ

フィンランドにはこのようなことわざがあります。​"Kukaan ei oleseppäsyntyessään"  (Jokainen on oman onnensa seppä / Everybody is a smith of their own happiness)
「生まれたときは誰も鍛冶屋ではない 」と言う意味です。最初は誰もすべてを知らない、だから学び続け、訓練する必要があるということ。

​そして、これは私のお気に入りの格言です。"Eteenpäin, sanoi mummo lumessa"
訳すと、「前進しなさい。そう雪の中で祖母は言った」と言う意味です。​​



前進してください。もっと学び、"自由"に、あなたの夢を信じて。​

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