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私の学びの物語 Sinyoung's Journey

Sinyoungはフィンランドで乳幼児教育について学んでいます。彼女は、生まれ育った韓国で自分のような進路を選択する女性はまだ珍しいと話します。彼女は乳幼児教育における環境についての研究を続け社会の役に立つ仕事をしたいと夢見ています。

私について

私は韓国人で、現在フィンランドのロヴァニエミにあるラップランド大学でメディア教育の修士コースを専攻し、マルチリテラシーと乳幼児教育を学んでいます。

ここまでの道のりを説明すると…
大学卒業後にすぐ仕事に就けるようにと考え、大学では経営学を専攻しましたが、在学中に企業の人材開発部でインターンシップを経験したことがきっかけとなり、その後の計画が変わりました。インターンシップ先では研修チームの一員として働き、研修を通して変わっていく人の姿を目の当たりにし驚きの連続でした。しかし、日常の通常業務へ戻ると研修前の状態へ戻ってしまう人たちの姿を見て、なぜ人は受け身の態度になってしまうのか、その理由を知りたくなったのです。私の興味の対象は次第に子どもたちへと移り、あのような態度は幼少期から始まっていることを発見しました。
韓国の子どもたちは早くから"勉強すること"を強いられます。6歳になると韓国語、英語、算数の勉強が始まり、友達と遊ぶ時間もありません。そして残念ながら、その勉強はより良い大学へ入るために過ぎないのです。私は、幼少期の自由な遊びが重要だということを人々に伝えたいと思いました。ある日、フィンランドの教育、特に幼稚園での教育に関するドキュメンタリー番組を見ました。幼稚園で子どもたちが一日中遊んでいるのを見て、それがどのように子どもに影響しているのか、どのようにフィンランドで行われているのかを知りたくなりました。それが私がフィンランドで学んでいる理由です。

私にとって仕事とは何か

仕事は私の人生で2つの意味があります。一つは遊ぶこと、もう一つはお金です。働くことは遊ぶことだと私は考えています。子どもたちは遊ぶこと自体を楽しみ遊びから学びます。子どもたちが遊ぶシーンを観察していると、子どもたちが遊びを楽しみ、また真剣に遊んでいることが分かります。
私がフィンランドのある幼稚園を訪問した時のことです。2人の男の子が大きなサイズのレゴでロボットをつくっていました。始めのうちはバランス良く組み立てられず、男の子たちはイライラして組み立てたものを壊したりしていました。しかし何度も挑戦し、最後にはロボットを完成させ、自分たちがつくったロボットで遊ぶことが出来ました。仕事も同じプロセスだと思います。最初は達成することが難しいですが、楽しむために繰り返し努力し成し遂げる。その成し遂げた仕事から良いことも悪いことも学ぶことが、私の財産になります。
自分が成長するためだけではなく、お金も大切です。満足する量は人によって異なりますが、私にとっては、安心を感じ自分自身の成長のために自由に投資できる量があれば十分です。

私が学び続ける目的

私が学ぶ目的は、自分自身や他者、そして私の周りに存在する世界に対して間違った理解をしないようにするためです。学校の中で知識を得ることだけが学びだと思う人も多いですが、学びは場所を問わず様々なかたちで起こっていると考えています。韓国でSAT試験のために準備をしていた時でさえ、私はテストのための知識だけでなく、私自身が人生の大事な局面を迎えた時や困難にぶつかった時にどういう態度になるのか等についても学びました。学びを通して私自身だけでなく私の周囲にいる人々へ向けても思考が広がっていきます。自分のことを考えた後に、他者に対して私はどのような対応をしているのか、どのようなコミュニケーションを取っているのかを考えてみたのですが、人ぞれぞれ「違う」ということが理解できず、同じような間違いを繰り返していたことに気が付きました。それ以来、他者との間にある違いを理解し他者の視点に立ち考えられる人になろうとしています。人から学ぶことは多く、勿論すべての人というわけではありませんが、常に悪いことや良いことを学ぶことができます。それは、私が世の中を理解するために非常に役立ちます。人は学ぶことを辞めてはいけないと思います。もし学ぶことを辞めてしまったら、私は井の中の蛙になってしまいます。このような理由から私は学びます。

学びは、異なる人々に出会いコミュニケーションすることと同じようなものです。他者の考え方を知ることに興味があるのです。本を読むことからは、著者が持つ知恵やアイデアを知ることができます。近年のテクノロジーの発展により、もはや本のみを学びのリソースにすることは出来ませんが。インターネットの情報では料理、テクノロジーデバイスやソフトウェアプログラム、写真撮影やビデオメイキング等、プロフェッショナルな人々が多種多様なトピックを扱っており、彼らの創造性や才能、情熱には驚かされます。しかしながら、様々なリソースが溢れる中、学びの過程で批判的になることは必要不可欠で、何が本質に近いのかを見分けることが大切なのだと思っています。

私の学びの物語

学び続けることは簡単なものではなく、いつも自分に幸せの時間をくれるとは限りません。成長できずに私自身が苛立ってしまうとこともあります。苦悩の時間が永遠に続くのかと思うとフラストレーションを感じますが、そんな時はすべきことのリストをつくったり、学びの楽しさを思い出すことにしています。一つずつ達成していくことで満足感や達成感が得られます。​一番の天敵は私自身です。他者と自分を比較し苛立ちや神経質になってしまう自分がいます。「なぜ他の人みたいに賢くないんだろう?」「私は正しい方向に進んでいるのか?」「なぜ他の人は貴重な経験ができる機会があるのに私にはないの?」等、これらの考えが私を深い暗闇に引き込んでいくこともあります。

そんな時は私自身の視点を変えてみることにしています。彼らがどれだけ努力しているのかを想像し、私自身が成し遂げてきたことや今の状況を振り返ります。例えばインターネットでも、他の人がどのような過程を経て今あるものを手に入れているのかというストーリーを知ることもできます。彼らが自分たちの才能や才能を開花させるために問題を解決しようとする努力を尊敬します。彼らのストーリーを知った後は、私は自分について何を理解したのかを可視化しようとします。例えば、私の得意なこと、パーソナリティ、私の周りにいる人たちについてなどです。私がいる世界は他の人のように広くはないけれど、私が今まで歩んできた道のりや、私が愛する人たち、そして私を愛してくれる人たちがいることに感謝の気持ちが湧いてきます。

こうして学んできたことにより今の私が形成され、私がいる世界はより広く彩り豊かなものとなりました。でも私自身が他者や社会を変えることは出来ないと思っています。私の経験上、人は簡単には変われません。その人自身の内側にあるものや自身のモチベーションがあり、初めて人は変わります。少なくとも私は、自分の周りにいる人々と相互的な関わりを持ちコミュニケーションをしたいと思っています。私は相手のありのままの姿を受け止めたいですし、相手には私と一緒にいる時間を楽しんでほしいと願っています。これが私が学ぶ理由で、変化し続けることを辞めるわけにはいきません。

全ての仲間たちへ

自分自身や自分のいる世界を前進させようと実際に行動を起こす。そのような人の姿はとても美しいですし、意義のあることです。そして、それはD.dialogueの目的でもあるのではないかと思います。私がそんな活動を通して、共に経験したことを、他の多くの人たちにも経験してほしいと思っています。

学び続ける、創造しつづける全ての仲間たちへ